――落語を舞台にすることはよくありますが、松尾さんは以前『地獄八景‥浮世百景』もやられて、何かご苦労はありましたか?

松尾 落語はイマジネーションの世界。人物、背景、衣装などすべてをお客さんに想像させるのものです。演劇ではそれらが全部見える。たとえば「お前も立派になったもんだ」と話していたら、実は別の人だったとします。その種明かしをする瞬間が落語のパンチラインなのに、演劇ではバラした状態でやる。落語の面白さを伝えるには、情報がたくさん提示されることが足枷になるんです。そのために、面白い登場人物がいっぱい出て、一人の落語家さんが語って聞かせる以上の何かがあれば、表現の手法も多様になってくるかもしれない。

――花緑さんは、舞台もたくさん出演されています。この企画には、どんな感想を持たれましたか?

花緑 『地獄八景〜』を拝見したときに、演出のG2さんから、江戸の話をやりたいと相談は受けてましたが、江戸落語を舞台化するというのは手垢がついていますよね。

松尾 多いですもんねぇ。

花緑 でも『地獄八景〜』があまりに面白かったので、このチームなら間違いないと期待していました。

松尾 『地獄八景〜』はいろんな上方落語を組み合わせてつくったんです。桂米朝師匠に「監修をお願いできませんか」と相談したら、「昔からそういうんはぎょうさんやってんねん。でも成功例がほとんどない。ごちゃごちゃ欲張ってもう、蓋開けてみたら何のこっちゃ分からんようになる」って。

一同 (笑)。

松尾 「難しいでそれは」と釘を刺されたので、とにかくそうならないように交通整理だけはしようと、相当パズルのような作業はやりました。

花緑 そんな皆さんの苦労が噛み合ったから面白かったんだと思うし、今回も台本を読ませていただいて、すでに成功したような気持ちでいます。

千葉 本当ですか? 私自身も落語は大好きなので、声をかけていただけたのはすごくうれしかったですし、好きなことをやろうという皆さんの愛を強く感じます。

松尾 『地獄八景〜』では、欲望に忠実な人間の業みたいなものが前面に出たんです。今回は、江戸落語の特徴でもある建前の美学、やせ我慢、ストイシズムだったりが、大きなポイントになると思うんです。

千葉 最初の段階でG2さん、松尾さんから「そこがやってみたいと」と聞いてましたので、自ずと取り上げる落語は決まってきたんです。




『地獄八景‥浮世百景』
2007年作品
恋人・小糸(高橋由美子)への恋を成就せんがため、なにわの町を西へ東へ奮闘する若旦那(佐藤アツヒロ)。算段の平兵衛(山内圭哉)、どうらんの幸助(市川笑也)などなど上方落語の人気登場人物たちがどんどん現れて事態は大混乱。果たして若旦那の恋の行方は!?
上方落語の大ネタ・小ネタあわせて五十数本の落語がぎっしり詰まった見応え。



『地獄八景亡者戯』
2002年作品
上方落語の大ネタ「地獄八景」を舞台化。地獄をめぐりながら、時代が変わっても変わらない笑いをお楽しみください。後の落語シリーズの原点であり出発点。
花緑 事件の発端になる落としたお金の行ったり来たりは見事ですよ。そして長屋の衆の解決策が、いろんな落語にある。よくぞ!と関心しました。『文七元結』『芝浜』『三軒長屋』『柳田格之進』など、取り上げていただいた落語は、音楽ならモーツァルトやベートーベンの一番売れてる曲をピックアップしたようなもの。何百、何千あった落語の中から生き残ってきたものなんです。

松尾 落語としてはもうオーディションが済んでいる。

花緑 そう。思い切り落語のようだけど絶対に落語ではなく、でも観たときに落語を観たような感覚になるという、不思議なことになりそうですよね。

松尾 壮大なスピンオフだと思ってもいいかもしれない。

花緑 落語ファンは相当喜ぶでしょうし、知らない人は観た後で「この部分はあのお話なんだ」と、あとから元の落語を知るきっかけになったらうれしいですね。

千葉 楽しかったのは、好きなお話に、自分の想像をさらに乗っけて広げていくという作業。『御神酒徳利』なら、初めて占いに挑戦したのに、とんとんとんとうまくいくんです。そこから端を発して運に乗っていくんですが、でもこの人は人生に波の満ち引きがあって、辛酸をなめたこともあるんじゃないかというような想像をするんです。ただ本当に落語が好きだし、敬意もあるので、それに縛られてプレッシャーを感じることもあって。自分の小心者の具合が……。

松尾 おもちゃにしちゃ叱られるんじゃないかって。

千葉 そうなんです。これ大丈夫かなぁとか。

花緑 全然いいですよ。落語は作者不明のことも多いし、誰にも遠慮は要らない。落語家だって、俺のものとしてやってない。これが、いいんです。

千葉 その懐の広さが偉大ですよね。



『柳家花緑の落語入門』
4月25日発売の最新DVD
花緑 落語的要素、エキス、ボキャブラリー、登場人物を演劇でやれるのは、僕は非常に面白い体験ができるんじゃないかと。そういう意味では、もう新たなものに挑戦するつもりです。落語だと思ってやるとストレスがかかる。

一同 (笑)。

松尾 「ここでウケるはずなのに……」とか(笑)。

花緑 そうなんです。面白いのが『御神酒徳利』の一部を僕がやらせてもらうんですけど、台本では柳派じゃないんですよ。

千葉 それは差し障りがありますか?

花緑 ないですないです。僕としてはよその『御神酒徳利』をやるのが楽しみ。落語じゃ2種類はまず覚えない。やったとしても、たぶん間違えちゃいますよ。違う方でと思っても、いつもの口調が出てきたりとか。

松尾 落語も口をついて出てくるような状態になってて、そこに気持ち乗せていく作業でしょうからね。いつもと違うのをやるのは、話のネタになるかもしれない。

千葉 ここでしか、観られないってことで。

花緑 なまじ落語の自分の口調をなぞらないから良いのかもしれないですね。

松尾 落語のつもりになって、相手のせりふもしゃべっちゃったり、上下きっちゃったり(笑)。

花緑 その心配がまずない! あと、とても生き生き描かれている登場人物を、達者な役者さんたちが演じることで、どうなっていくかも楽しみです。

松尾 その人の間や話し方で全く想像もしないものになっていくこともある。それがどう功を奏し邪魔するか(笑)。

花緑 当然新しい色がつくだろうし、もっと面白いことになりそう。ただ自分のことはよく分からない(笑)。僕は普段、本当に演劇をやらせていただくときは、初めての、ぺえぺえとしてという気持ちでいるんです。

松尾 へぇ、じゃあ林家になって?

花緑 林家ぺえぺえ(笑)。いや本当です。皆さんの胸を借りるというのが、僕のテーマなんで。

松尾 じゃあ須藤理彩ちゃん、いとうあいこちゃんの胸を借りるってことで。

花緑 ありがとうございます。ものすごく借りたいです。



『仮装敵国』
2005年作品
7人の作家による書き下ろしショートストーリー7篇を、7人のキャストが演じたオムニバス作品。千葉雅子は『危険がいっぱい』を提供。ほかに倉持裕、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、後藤ひろひと、故林広志、土田英生、長塚圭史が脚本を担当している。





『東京タワー
オカンとボクと、時々、オトン』
2007年作品
メディアを席巻したリリー・フランキーベストセラーを舞台化。数々展開されたメディアミックスのなかでただストーリーをなぞるだけに留まらず、舞台ならではの技法を活かしながら再構成された物語は高い評価を得た。千葉は物語の鍵でもある、小倉のばあちゃん他を演じた。


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