徳川時代の末期、現在で言えば東京の下町あたり。
 文七は気が気ではなかった。集金したはずの五十両もの大金がどこを探しても無いのだ。本来の落語『文七元結』の筋書きであれば、受け取ったつもりで集金先に置いてきていたというオチがつくが、本作ではその五十両を『芝浜』勝五郎が拾ってしまうものだから話は一筋縄ではいかない。

 『三軒長屋』に住むお久は夫の勝五郎に手を焼いていた。最近は博打に打ち興じてばかりで本業の魚屋はほったらかし。同じ長屋で剣道を教える千代田先生『厩火事』の故事を教えてもらい、自分と皿とどちらが勝五郎にとって大切なのかを試してみるが、結果はわからずじまい、おまけに五十両を拾ったとかで朝からみんなを集めて飲めや歌えの大宴会。
 見かねた千代田の弟子の山坂が「その五十両を隠してしまいましょう。道場にある小さな仏像の中がいい。勝五郎さんには『五十両は夢だった』と思わせるのです」と提案する。

 一方、途方に暮れて萬屋に帰ってきた文七は、主人の源兵衛の前に出る。おりしも源兵衛は『柳田格之進』と囲碁の対局の真っ最中。夢中になるあまり「集金の金はそこの棚に置いておけ」と見もしない。
 文七はつい出来心で棚にお金を置いたふりをして行ってしまう。当然ながら「棚にあるはずの五十両がない」という騒ぎになる萬屋。
 困ったことになったのが通いの番頭、善六である。「お前の得意の八卦で五十両がどこにあるのか占ってみてくれ」と依頼されたからだ。善六は占いなんぞ得意でもなんでもなかった。以前、『御神酒徳利』が無くなって店中大騒ぎになったときに「実は自分が置き忘れていました」と言い出せなくなってしまい、仕方なく「占いで場所がわかりました。水瓶の中です」と自作自演しただけなのだ。しかも今回は自分が預かり知らぬ五十両。どこにあるか見当もつかない。

 娘のお絹と二人暮らしの柳田格之進は源兵衛の来訪をうける。「先ほどは家人もいたので言えなかったが、五十両はあなたが盗んだのでありませんか?」嫌疑をかけられたことでプライドを傷つけられる格之進。もともと彦根藩士だった彼には、身に覚えのない嫌疑で脱藩させられた苦い経験がある。新天地の江戸でも同じ憂き目に遭おうとは。
 源兵衛の嫌疑を晴らそうにも証拠がない。返せと言われてもそんな金もない。進退窮まったところに、屑屋の清兵衛が訪ねて来て「以前、格之進さまから買い受けました小さな仏像の中から五十両が出て参りましたんでお返しに参りました」ところが、頑固一徹の格之進は「仏像はいったん売ったものだから、中に何が入っていようと私のものではない、買い取った人のものだ」と、つっかえしてしまう。(『井戸の茶碗』)
 それを見た源兵衛は「それほどお金に余裕があるならば私どもの五十両も、明日までに用意して頂きましょう」と言い捨てて出て行く。
 途方にくれる格之進は、絹が自分に切腹させたくないがために身を売ろうとしていることを知り、たまらなくなって江戸の町へと飛び出していく。
 文七は、嫌疑が格之進にかかったことを知りがく然とする。格之進の人物に好意を寄せていたのはもちろん、なにより娘の絹に淡い恋心をいだいていたからだ。恋と罪悪感のはざまに揺れる文七は、死を覚悟して吾妻橋の欄干へと向かう。
 勝五郎は失意の底にいた。あの五十両が夢だったなんて。そうとも知らず大散財したことをお久に謝り、これからは気持ちを入れ替えて真面目に働くと宣言したはずなのに…やる気が出ず、結局一日何も手につかなかった。そんな自分に嫌気がさして勝五郎も吾妻橋の欄干へと向かう。
 一方、お久も、仏像の中に隠したはずの五十両が無くなっているのに気づき、山坂と青ざめていた。千代田が「中の金まで買ったつもりはない、売った人間に返してくれ」と清兵衛に託したことを知らされていなかったからだ。
 その清兵衛は、格之進と千代田から五十両の受け取りを拒絶され、正直者ゆえにネコババもできず困り果てていた。

 そんな時、運命に誘われるように吾妻橋の欄干で顔を合わせる格之進、文七、勝五郎の三人。
 果たして失意の男たちは、一体どんな方法で逆転劇を演じることになるのか?
 続きは劇場にて。


文七(ぶんしち)
落語「文七元結」の登場人物。自分が集金した五十両を紛失するが、主人が囲碁に夢中になってるすきにごまかしてしまう。本来なら五十両を手にした長兵衞が助けてくれるはずなのだが…?

文七元結(ぶんしちもっとい)
落語の演目、人情噺のひとつ。
博打好きの左官屋・長兵衞、いつものように博打に負けて着物も取られ、裸同然の恰好で帰ってくると、娘のお久が吉原の店に身を売るべく駆け込んだ
との知らせ。事情を聞いた吉原の女将の好意で大晦日までの猶予つきで五十両を借り受けることに。しかし、その帰り道、五十両の金をなくした為に橋から飛び込もうとする男・文七に出会ってしまう…。

芝浜(しばはま)
落語の演目
酒ばかり飲んでいる男、勝五郎が芝浜で大金の入っている財布を拾う。しかし拾ったはずの財布は消え失せ、妻・お久の言葉によって「財布を拾ったこと」は夢であったと諦める。勝五郎は改心し、懸命に働き、独立して自分の店を構えるまでに出世するが…。
夫婦の愛情が描かれた人情噺。

勝五郎(かつごろう)
「芝浜」の登場人物。昼から酒に溺れるダメ人間。ある日芝浜で五十両も入った財布を拾うのだが、この話ではそれが「文七元結」と繋がってしまい…!?

お久(おひさ)
勝五郎の妻。亭主が拾ってきた五十両を仏像に隠すが、それは真に相手のことを思っての行動なのである。

三軒長屋(さんげんながや)
落語の演目
三軒並びの長屋の真ん中に住む高利貸しの勘右衛門、両隣から日がな聞こえてくる騒音に頭を悩ませ引っ越しを考えていたが、逆に借金をタテに両隣の住人を追い出してしまうことを思いつく。ところがその計画が漏れてしまい、怒ったまわりの住人達が奇策を思いついて…。

お絹(おきぬ)
格之進の一人娘。文七が一目惚れしてしまうほどの美貌。身に覚えのない嫌疑をかけられた父のためにあることを決意するが…。

千代田卜斎(ちよだぼくさい)
剣術道場の先生なれど元講談師ゆえに口は立つが腕は立たない。山坂たちが隠したとも知らず仏像の中に五十両を発見して!?

山坂(やまさか)
千代田が講談師だった頃からの弟子。勝五郎を更生させるため五十両を仏像に隠したのだが…。今回の事態をややこしくさせた原因のひとり。

厩火事(うまやかじ)
落語の演目
髪結いで生計を立てているお崎の亭主は怠け者で昼間から遊び酒ばかり呑んでいて口喧嘩が絶えない。亭主の心持ちが分からないと仲人のところに相談を持ちかけると、仲人は亭主の気持ちを量るため、目の前で秘蔵の瀬戸物を割ってみせ、瀬戸物とお崎のどちらを心配するのか試すことを提案。やってみたところ、亭主はお崎のからだを気遣い、お崎は感激するも…。

源兵衛(げんべえ)
萬屋の主。三軒長屋に妾のお兼を囲っている。囲碁に夢中になっているあいだに五十両が消え、その疑いを囲碁仲間の格之進に…。

柳田格之進(やなぎだかくのしん)
落語の演目およびその主役
汚職の濡れ衣を着せられて脱藩。今は浅草に娘の絹と暮らす、文武両道に優れ品性正しく潔癖な浪人。萬屋に招かれ源兵衛と碁を打っている最中、あるはずの五十両が消えたことで嫌疑をかけられる。身の潔白を証明するため、格之進がとった行動とは…。

善六(ぜんろく)
「御神酒徳利」の登場人物。悪い人間ではないけれど、ふとしたウソで後に引けなくなってしまってさあ大変。

御神酒徳利(おみきどっくり)
落語の演目
旅籠の番頭・善六は大掃除の際に家宝の徳利を水瓶のなかに入れてほったらかしにしてしまう。家宝のゆくえで騒動になった後にそのことを思いだし、言い出せなくなった善六は占いのふりをして徳利の場所を言い当ててごまかす。しかし、その占いの噂が大きくなり、果ては大阪から占いの依頼が来てしまい…。

屑屋の清兵衛(くずやのせいべえ)
根っからの正直者、だが実は酒ぐせが悪い。買い上げた仏像から大金が出て来たことで事件に巻き込まれ…。こっそりネコババなんてしないのが江戸の粋?

井戸の茶碗(いどのちゃわん)
落語の演目
屑屋の清兵衛が千代田卜斎から二百文でひきとった仏像。それが三百文で売れるも、仏像のなかには五十両もの大金が隠されていた。その五十両の行方をめぐってそれぞれが意地を張り通し。やっと決着がついたと思いきやさらに三百両が降って沸いて…。


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