日本にはなくて海外にある風習にブーイングがある。音楽では、かつてニューヨークのアポロシアターで客席のブーイングを体験したことがある。ただし、新人の登竜門である「アマチュア・ナイト」というイベントでだが。
 そういうわけで今回は生まれて初めての演劇でのブーイング体験(しかも2作品で!)のことを書く。と言っても作品がひどかったワケではない。では、なぜブーイングなのか? 


アポロ・ヴィクトリア劇場近くにあるヴィクトリア駅。
建物の雰囲気が最高。

 最初のブーイング体験は、今ロンドンで大流行のミュージカル『ボンベイ・ドリーム』。


「ボンベイ・ドリーム」上演中のアポロ・ビクトリア劇場

 今、なにかとロンドンではインドブームらしい。そういえば通りを歩いていると、あからさまにインド系の人たちをやたら見かける。客席での反応を見ていると、そのブームに支えられたミュージカルであることがよく分かる。出演者は全員インド人。もう、インド系の音楽やダンスが繰り広げられるだけで客席はやんややんやの大喝采である。
 作品の持つ雰囲気は平たく言うとあの『踊る!マハラジャ』の舞台版と言い切って大丈夫だろう。音楽も同じ人がやってるらしいし。
 物語も超わかりやすい勧善懲悪もの。スターになることで目がくらんでしまった主人公が改心して芸能界に巣くう悪者を退治する。てなストーリー。セットはかなり大仰。噴水が舞うシーンは面 白いけれど、その噴水のためにセットの動きに制限があって残念。でもインド舞踊を取り入れたダンスは確かにカッコいい。客席がノリノリになるのは納得できる。
 特にカーテンコール。主人公のインド人が出てくると、黄色い歓声が劇場中に響き渡る。まるでコンサート。
 反対に、芸能界に巣くう悪者を演じた役者さんが登場すると、なんとブーイング!
 演じている役者さんも苦笑まじりにお辞儀。演技の上手い下手ではなく、単に悪役を演じていたからっていう「ストーリーのめり込み型」のブーイングである。いや、好演していた役者さんに対しては大変失礼な話で、これが紳士淑女の国のやることか。なんて思っていたら、終演後、会場を見渡せばその8割が女子中学生〜高校生だった!
 ちょうど夏休みということもあってなのだろうが、興奮さめやらぬ彼女らが会場を埋めつくしてる光景はただただ異様だった。


劇場の看板にはチキチキ・バンバン号の勇姿が!

「チキチキ・バンバン」を上演中のパラディウム劇場。
ファッション街に位置。

 さて、もう一本はファミリー向けミュージカル『チキチキ・バンバン』。もう、おわかりだろうが、こちらもあからさまな悪者キャラが登場。カーテンコールでは、こどもたちの大ブーイングにあっていた。『ボンベイ・ドリーム』と違うのは、その悪者を演じていた役者さんがそれを楽しんでいたこと。そう、ブーイングも観客のノリのひとつなのだ。
 ところで、この『チキチキ・バンバン』、ファミリー向けと言っても全くあなどれない。かなり本気で作られている。装置がいちいち凄い。デザインも洒落てる。お菓子会社のシーンなど大人が見てもため息もの。
 面白いのが、この舞台の主役は人間ではなくて、「チキチキ・バンバン号」。この主役をもりあげる演出がいい。もう、登場の仕方も歌舞伎なら花道もの。登場のたびに大拍手。しかも、本当に飛ぶよ「チキチキ・バンバン号」は。もちろん、クレーン仕掛けなのだが、その動きがかなり真に迫っていて大迫力。「うわー、飛んでるよ」って私も声を出してしまったくらい。かなり前で見たのに目を凝らさないと仕掛けは見えなかった。  ストーリーも音楽も装置も衣装もすべて水準以上で、作り手側に「ファミリー相手だから……」というあなどり、手抜きが一切見られない。あまりにいい仕事ぶりに、私なんかちょっとホロっと来てたら、終演後、隣の席のお母さんも涙をぬ ぐってた。きっと彼女もこどもの頃にこの作品のファンだったのだろう。
 あと、びっくりなのは、夜公演だったのに客席がこどもたちでいっぱいだったことのみならず、舞台上にも子役がいっぱいだったこと。
 悪者に誘拐されたこどもたちという設定で最後に舞台上がこどもたちで溢れかえる。 「おいおいこの子たちは学校はいいのか? 眠くないのか?」と心で突っ込みながらも、その子役たちのレベルの高さには驚いた。特に主人公格の二人は上手すぎるっ。この子役たちが明日のロンドンの演劇界を支えていくのね、と思うと「かなわねー」という気持ちでいっぱいになった。


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