金井勇一郎(かないゆういちろう)プロフィール:金井大道具代表取締役社長。ニューヨークのメトロポリタンオペラハウスで学んだ後、歌舞伎・商業演劇などの美術を手がける。『NINAGAWA十二夜』で読売演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞。主な作品『四谷怪談』(蜷川幸雄演出)『ヴァージニアウルフなんてこわくない?』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)など。G2作品では『魔界転生』『憑神』

 お互いのやり方に驚いた『魔界転生』

G2コメント(以下同じ)
『憑神』の美術デザインの金井勇一郎さんは、昨年の『魔界転生』からのおつきあい。以前から金井さんには、G2プロデュースの公演を幾度も御覧になっていただいていまして、「どこかでお相手できたら」と言ってたんです。
で、金井大道具が入っている新橋演舞場でやるなら、勇一郎さんにお願いするのがよかろう。という運びになったのです。

――以前から、G2の作品を観ていただいていたとか?

金井 ええ。G2さんのお芝居が好きで。もともと私は商業演劇をやっていて、いわゆる小劇場のものは観たことがなかったんです。5年前ぐらいにわかぎゑふさんのお芝居を観て、すごくおもしろかったので、それから小劇場のものを観るようになったんです。G2さんが青山円形劇場でやった『おじいちゃんの夏』を観たときに、いつか一緒に仕事をやらせてくださいって言っていたのが、ようやく『魔界転生』で、かなったんです。

で、「魔界転生」では、新橋演舞場のすべてを知り尽くしている勇一郎さんに、そのすべての機構を使いこなしたデザインをお願いしました。図面を見て思わず言ったのは、「これ、本当にできるんですか?」予算的にも、物理的にも。まあ、予算は自分の会社で製作するからなんとかするんだろう。とは思いましたが、袖があまり広くない演舞場。なのに、舞台の前半分で芝居をやっている間に、後ろ半分にかなり大きな屋台組の装置が現れることになっている。「これ、どうやってここに入れるんですか? 入りますか?」との問いに勇一郎さんは「大丈夫」と笑うばかり。

魔界転生 その1
それぞれ、左が金井の手による美術デザイン図、右が実際の舞台の様子
舞台上の人物の大きさと比較しても、その大きさが伝わるであろう。
これがクルクルと展開されてゆくという話に、G2が驚くのも無理はない。
S#2 小笠原陣内
S#4 柳生の郷
S#5 牧野兵庫頭の屋敷
S#6 海辺

金井 『魔界転生』のときは初めてだったんで、最初にけっこうガーンと模型をつくってプレゼンをしたんです。そしたら「これ、ホントにできるの?」って。G2さんはお互いにコミュニケーションを取りながらつくりあげていくやり方が好きで、後で話をしたときに、「こらまいったな」と思ったって言われたんです。「ガーンって出されたら要求が言えなくなっちゃう」「いや、そんなこと気にしないでください」って(笑)。

――G2とやっていて、やりやすいところ、やりにくいところは?

金井 こちらの意見を聞いて、反映してくれるところは、やりやすいですね。やりにくいのは……私より先にダーって行っちゃうところ(一同笑)。大道具のところに問題が起きたら、私の分野だから、まず私が行って、やらなきゃいけないところを、G2さんはバーって先に行っちゃう(笑)。

劇場に入って舞台稽古になって、びっくりしたんですが、舞台の後ろ半分で、バラバラのパーツから大道具をその場で作ってしまうんですよ。舞台稽古や本番についてくれた大道具さんの数は、50人以上!

――本番で、芝居が進行している後ろで道具を組み立てるって、普通にやってらっしゃることなんですか?

金井 そうですね。道具の数が多いので収納しきれないですから。G2さんも「これ、どこへいっちゃうんだろうと思ったら、稽古中、みんなで後ろで解体してた」って、ちょっと驚いてたみたいですけど。毎公演、組み上げては解体して、また組み上げては解体するっていうのを、当たり前にやっていますね。

――それはクギで打って組むんですか?

金井 いや、ホゾで。クギを打つと音がうるさいんで。

――『魔界転生』のセットは、森や海辺など、すごく大きいものが多かったですけど、あれは何人ぐらいで組み上げてたんですか?

金井 18人ぐらい。

――え? それで、できちゃうんですか?

金井 あと音響、照明さんを入れると50人ぐらいになりますけど、道具を組んだり解体したりするのは20人ぐらいですね。こっちは「2、3分でつくれ」とか「5分でバラせ」って言うだけでいいけど、やるほうは大変ですよね(笑)。

魔界転生 その2
2幕の幕がひらくとそこに出現するのはS#7,8の山道。
舞台上をめいっぱい使った巨大なセット。もちろん書き割りなどではなく、
このなかで行われた立ち回りに耐えられるだけのしっかりした構造を持っていた。
S#9の道成寺では話の展開にあわせお堂が崩れてゆく仕掛けが組み込まれている。
文中にもあるようにこれらの仕掛けはすべて本番中に組立&解体が出来るようになっている。
S#7,8 山道
S#9 道成寺 ※仕掛け
S#12 芳徳寺
S#13 鍵屋の辻

 『憑神』はスピーディーな転換をめざす

舞台装置がスピーディーに変わるのが身上の私としては、『魔界転生』は装置が巨大すぎて、あまりスピーディーとはいかなかった、という反省点がありました。その点、『憑神』は作品的にも良い意味で「小さな」スケール。そういうわけで、今回のテーマは、「演舞場を小さく使う」ということでした。何しろ、もの凄いスピードで装置が変わっていかなければならない。そば屋→彦四郎の家→軍兵衛の家→そば屋→紅葉山の御蔵、とめまぐるしく変わるシチュエーション。

――今回の『憑神』は、さらに転換の速さが求められるお芝居でしたが……

金井 別所家を2分半でつくらなきゃならなくて。時間がないので、三分割のものを組み上げる形にしたんです。稽古のときに最初、G2さんは「ムリだろう」って言ったんですけど、「一回やらせてください」と。で、1回めはやっぱりムリだったんだけど(一同爆笑)、3回ぐらいやると、「こうしたほうが簡単にはずせる」って、みんなで考えて、それで結局、通し稽古のときにはできてるんです。

さらには、二つの場所が同時に舞台に存在しなくてはならない。なので、「大小2つのお盆(回り舞台)を使ってやったらどうでしょう」というのが僕の提案。なんて、もったいない! 盆はもともと演舞場にも松竹座にもある。それを使わずに特設のお盆をその上に設置するのです。けれど勇一郎さんは軽く「いいですね。それでいきましょう」。2つのお盆がめまぐるしくまわりながら、役者の芝居と絡むとあって、稽古場に盆を入れてもらいました。レンタルではなく、金井大道具の自主製作の盆。


『憑神』より、文中の別所家のシーン
真ん中より左の部屋の部分に大きな盆が、右の板垣の部分に小さめの盆がセットされていてそれぞれが独立して回転する。
芝居全体を通し、大道具の出しはけと、道具自体の仕掛け、大小の盆の回転を複雑に組み合わせることにより、
パタパタと形を変えるからくり機械のような効果的な場面転換を産み出した。
――「2つの盆を使いたい」という話を聞いたときは?

金井 だいたいのイメージは、すぐにつかめました。最初の打ち合わせをしたときに、「今回は転換を速くしたい」って言われて、たとえば、台本を読むと、3歩あるいたら次の場面というのがある。それをやるには、盆がもう一台あれば、というのは、イメージとしてわかりましたから。

この盆のアイディアをお話ししてから、勇一郎さんの1回目の図面と絵がやってきたのが、1カ月後くらいでしたか。勇一郎さんの基本的なコンセプトは、舞台全体が、憑神の祠(ほこら)になっている。というもので、各シーンは、板目に直接絵が書いてある、というものでした。これは、その場で気に入りました。この板目の絵に関しては、本番を御覧になった東宝のプロデューサーが「きれいだ」と褒めていらした。ライバル社のPが言うことなので掛け値なしの褒め言葉ではなかろうか。


『憑神』1幕より
文中の「舞台全体が、憑神の祠」というのはこの写真がわかりやすい。左右上下に組んである木の枠が見える。

――舞台全体が祠、というのが、ちょっとよくわからなかったんですが……

金井 舞台の木の枠が祠の形をイメージしたものなんです。『憑神』という祠から始まる話が、象徴的にずっと祠の中でストーリーが展開しているという。G2さんは「狭いところでやってる」っていうふうにしたいと。それで、祠の中で神様にもてあそばれている、ということをイメージしたんです。

――屏風絵風に描かれた絵は?

金井 あれは普通の背景ではなく、能舞台のイメージなんです。祠のコンセプトと同じで、あんまり主張しない装置ということで、全部、板で構成したんです。板目になってるので、絵を描くと、必然的にちょっとかすれた感じになる。それを計算してはいたんですけど、けっこうきれいにできましたね。

ボクがこだわったのは、舞台全体が祠になっているのなら、それはおもちゃ箱のような何が出てくるかわからぬほど色んなものが出てくるびっくり箱にしたい、ということでした。そういう風に見せるためには、敢えて、パネルで祠にふたをせず、どこかが必ず空いている、つまり「種も仕掛けもない」ということをちゃんと見せているのに、どんどん新しいビジュアルが飛び込んでくるという仕掛けです。そのために、各シーンではこういうことがしたい、このパネルはここで切って欲しい。というようなリクエストをさらに勇一郎さんにぶつけました。

 あの場面、この場面には裏もあれば表もある

――絵とは対照的に、船はやけにつくり込まれてましたね。

金井 あれもいろいろ議論して、船も絵で描いたものでいいんじゃないか、という話もあったんですけど。まあ、あそこは遊びで、いいんじゃないかと。フキダシで全体のイメージと合わせたりしてね。

開陽丸と春日丸の海戦は、原作にはない場面。脚本を書くにあたり、榎本武揚を調べていて見つけたエピソード。あまりにも気に入ったので、舞台にのっけてしまいました。手法も、演劇のタブーと常識をごちゃ混ぜにしたような演出。船が蒸気の湯気を出して登場してきたのには気づきましたか? 着弾の仕掛けも含め、アトリエカオスさんのお仕事。

――そういった議論は、どんなふうに?

金井 たとえば最後の鎧兜も絵なんですよね。その前が立体だから、立体のほうがいいんじゃないか、という意見もあったんですが、世界観を統一するために絵のほうがいいんじゃないか、ということで、絵になったんです。


『憑神』2幕より  紅葉山の御蔵
ストーリー上、重要な転機となるこのシーン。劇中でもっとも「閉じている」シーンでもあり、
この後のセット展開も含め、主人公・彦四郎の心象表現に大きく作用している。

知ってました? 鎧って1領、2領と数えるんですねえ。
さて、この鎧、最初に原作を読んだときは、全部、立体でつくろうと思ってました。けれど、「どうやって出す?」という問題が片付かなかったのと、他の場面もすべて「絵」にこだわりましたので、ここでも書き割りにすることにしました。ちなみに、最後の立ち回りの場面だけは、立体の鎧が出てきますけれど、あの最初の一列だけは、なんとかスタンバイできたので、立ち回りだけでも、と、苦肉の策で、そこだけ立体にしたんですが、あるお客さんが、「磨いてきれいになった、ということだよね?」とおっしゃってるのを聞いて、ははーん、そういう解釈をしてもらえてると嬉しいなと。なにしろ、苦肉の策でしたから。「御影鎧三十領」ですが、あれは三十もありません。数えた人いるかしら?

――洪水の場面も、板に描いた波の絵が生きてましたね。

金井 板で行ってるんだから、波も板で行こうと。あの波は当初、人は乗らないって断言してたけど、たぶん乗るだろうな、と思ったから、しかも、どれに乗るかわからないから、全部、補強しておいたんです(笑)。やっぱり演出家が言おうと思ったことが先にできている、ということが大切ですからね。「乗れる?」って聞かれてからやるんじゃなくて、ね。


『憑神』1幕より 洪水
洪水の場面は、なにしろ2つの盆が回りながらの動きなので、稽古場での練習にも相当時間がかかりました。

――一幕での路地の場面も上の空間があいているのが、抜けた雰囲気でいいですね。

金井 これは裏が見えるようで見えないんですよね。全部、上をふさいじゃうと圧迫感がある。あれはおもしろいですよね。普通にやると、ああいうところは見せたくない部分なんですけど。でも、今回はあそこだけではなく、いろいろ見えている。それがコンセプトでしたからね。


『憑神』1幕より 路地
一幕でいちばんおもしろいと評判の、狭い路地の場面。上の空間が丸見えなのにもかかわらず、後方で次の場面の準備が進められている。この路地に、いつのまにか鈴木杏ちゃんが立っているのか、不思議に思われた方も多いのでは?

 プロセスが楽しいから、悩むけれど、苦労はない

――ふだんは裏をなるべく見せないように、という方向でつくられるわけですよね。それと反対のことをやるというのは、気持ちのすわりが悪くはないですか?

金井 それは全然ないですね。

――柔軟なんですね。

金井 柔軟というか、いい加減で(笑)。

――今回、いちばん苦労したのは?

金井 苦労したところ……ないですねー。全部が苦労って言えばそれまでなんですけど(笑)。われわれよりも大道具さんとか、裏方のほうが苦労してるでしょうね。転換が多いから、芝居が始まったら、それこそトイレにも行けないくらい。

勇一郎さんという人は悩まない。これが私の印象です。

――G2は金井さんが悩まない人だと言ってますが……

金井 いや、悩みますよ(笑)。

――たとえば、どんなことで?

金井 今回、場面転換が多くて、盆の裏表のつじつまを合わせるのがたいへんで。やっと合ったと思ったら、稽古場の最終2日めぐらいで一場追加になっちゃって、全部狂って、図面を書きなおし(苦笑)。こういう素早い転換のお芝居は僕も初めてでしたから、とても勉強になりましたよ。

――ラストで舞台がパーッと広がるのは気持ちがいいですね。

金井 そうですね。それまで小さくやっていますからね。私はラストシーンから考えるタイプなんですよ。ラストシーンをいかにきれいに見せるかというところから逆算して考えるんです。

制作上での大きな問題が、私と勇一郎さんのスケジュールでした。私が大阪公演からようやく帰ってきたと思ったら、勇一郎さんは日本にいない。さて、いつ打合せするのか? 聞いてみれば、勇一郎さんは、平成中村座のNY公演のために、NYにいるのでした。だったら、NYで打ち合わせをしようと。打ち合わせの日は、「アメリカ旅日記」の第6回に書いた橋之助さんとの夜明かしの次の日で、体調最悪。何をお話ししたのか定かでないほどボロボロでしたが、勇一郎さんの後日談によれば、この会合はかなり意味があったらしいです。

――NYではどんな打ち合わせを?

金井 一場一場をどういうふうにつくるか、疑問点を出して詰めていったんです。G2さんはヘロヘロだったと言ってますけど、質問には的確に答えてくれましたから、おかげで全体が見えてきて、すごく役に立ちましたよ。

――そんなG2と、またやる気は?

金井 もちろんありますよ(笑)。G2さんは緻密で、われわれが気がつかないことを指摘してくる。うまくコミュニケーションがとれてるし、一緒にやっていて、おもしろいですね。

――さいごに、舞台美術の仕事をしていて、いちばん楽しいことをお聞かせください。

金井 いろんな人と出会えることですね。舞台装置のデザインというのは、絵がうまいというだけでは成立しないと思います。それをいかに舞台に上げるというほうが重要で、そのためには人間関係を大事にしております。




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